Monday, June 11, 2007

最近出会った英語化されたマンガ

そう、なんとこっちでもマンガが図書館でごく普通に読めるようになりました。ひょ〜ぇって感じなんだけど、これが結構イケルんですねぇ。本によっては「ががが〜ん」とかキャラの後ろの音が日本語のままだったり、英語の下にはみ出てたりしてそれなりの味わいがあります。

いろいろと読みあさってみたのだけど、次の2つが今大変お気に入りです。

こっちではご覧の通り「カレカノ」となっているけど、もちろん、これは日本では「彼氏と彼女の事情」津田雅美著なのだけど、ニックネームがマンガのタイトルになってます。ま、浦島の私としては今年になって初めてこのマンガの存在を知った訳で、Wikipediaのポストを読んで初めてアニメ化されたことやら結構ブーム化してたことを知る訳です。ははは(^^;)>  ちなみにこれはバックグラウンドの音が日本語のままというタイプ。14巻になって結構もっと埋まってたりするけど、画調も結構変わって来てて、ああこの辺りでポピュラーになったんだなぁって分かる。

私が気に入ってる理由は、笑いもあるけど結構深いところにちゃんと行ってくれてる所。日本では理想と現実、建前と本音の間で結構混乱してしまうのが学校生活だったなぁ、なんてしみじみ思うのだけど、このキャラ達は真剣にそしてリアルに考えてるところがいい。リアルでかつ真剣に考えられるキャラがいっぱいいるマンガが一番好き。(逆にだらだらよく考えずに突き出るやつばっかで話が浅いのは大っ嫌い。)
今まで(14巻現在)で一番感動したのは、有馬君が小さい頃の虐待を思い出して苦しんだ挙げ句、ユキノにぶつかって行って最後に愛されたかったというよりも、愛したかったのにその気持ちを踏みにじまれたところがつらかったんだねとユキノに指摘される所。(日本語で一体そういう語調だったのかどうかは不明だけど、英語から逆訳するとこうなる)有馬君と一緒に私も涙してしまった。日本で暮らした十云年の間、私も見ず知らずの他人に「外人」と指差され(未だに帰国すると同じ目に遭う)、自分のアイデンティティーについて悩んだ私としてはなんか目から鱗がとれたような感じ。そう、受け入れてもらえなかったという事実よりも、こっちが受け入れたかったのにそれさえもかなわなかったという、いわゆる「私って根がとても人間大好きなんだわ」という実感がじわ〜っときて自分でもびっくり。そういえば、小さい頃、全然人見知りせずに人によく話しかけたり歩いて行ってお友達になろうとしていたってうちのママが言ってたっけ。ははは(^^;)なんか金八先生のの世界だよ「人は悲しみが多いほど、人にはやさしくできるのだから〜♫』ってね。

これはたまたま目に留まるものがなくて、これはどうだ!って試したら大当たりだったというマンガ。漫画家の絵夢羅(めちゃ変わった名前だと思う)が花とユメコミックで書いた「Wジュリエット」の英語バージョン。読んでみると、なにやら結構若い!びっくり。なんかこのマンガは「エイリアンストリート」的なのを思い出させるね。うん。(この名前を出しただけで年がばれるって?ははは)最近男の子と女の子をスワップしたのって何故か多いから、最初読み始めた時に、げっ何だよまたこういうのかよ、って思ったんだけど、なんか途中で変わったんだよね。予想を見事に裏切ってくれて、まともな人間らしさをもった話で嬉しかった!
惹かれるのは、一応糸ちゃんとマコト君の間のロマンスがありながらもそれ以外のところに話が及んでること、そしてもっと深いところ、夢に全力をかけてみるというテーマ。何年か前に日本の女子大だったか女子校のツアーにインストラクターとしてダーリンと雇われたことがあって、その時に彼女達に話をしたのも夢についてだった。女の子だからこういうのはだめ、とか、女の子で当たり前の夢というかありきたりだからやめる、とかいうのでなくて、自分の心に正直に「こうしたい、こうなりたい」というのの絵を書いてみようってやったんだよね。実は何故か最後まで日本人だっていうなと口止めされて、後で生徒達にがっかりさせる結果になったから(彼女達にしてみればだまされたように感じたのかも知れない)一体あのうちのどのくらいが自分の夢に向かって羽ばたいたかは知らないけど、個人的にとても意義あるトピックだったんでよーく覚えてる。少女マンガにはよくある、脳足りんな「何々君が好きだから云々」ばかりの話じゃなくてとても嬉しい。
ちなみにはずれだったのは「ホットギミック」。絵はきれいなんだけど、何か足りないんだな。うん。メインキャラが周りのプレッシャーにありながらもがんばって自分らしさをキープしているのはとても魅力的なんだけど、人間関係の深さが足りないと言うか、うまくこれだって決められないのがつらいところ。はずれと思ったのは、子供には絶対誤解抜きで説明できっこないと思ったから。難しいっすね。子供に見られて恥ずかしいと思うのがはずれ、っていう風に物差しを決めたから、特にイケナイものではないと心の中では思っても、この物差しを使うたびにどれだけ自分が大人としてdesensatizedされたか感じるよ。沢山良いものがあるんだから何も中途半端なのを取っておく必要はない、という結論に至ったのが最近なので、自分でも少しこう言いきるのには多少抵抗を感じるのだけど、やっぱり私はママなのだ。うん。

Saturday, June 9, 2007

工事中


工事中!Coming soon!